Paris 2014 + 3

2014年に「パリに引っ越しました」(旧ブログタイトル)。3年目の私的メモ。

大衆向け住宅の発展とマイホーム

昨日のエントリーに続き、さらにフランスの住環境についてメモしておきます。私は歴史がめちゃくちゃ苦手なんですが、ひとつのテーマに沿ってなぞっていくと、歴史も立体的に勉強できていいですね。

 

ふたつの世界大戦のはざま(1914年〜1945年)

第一次世界大戦(1914〜1918年)と第二次世界大戦(1935年〜1945年)のふたつの世界大戦の前後のフランスの住環境の変化。第一次世界大戦が終わると、戦力として徴兵されていた農民たちは自由になり、都市へ流入。過去20年間の住政策の失敗もあいまって、都市部での住宅不足は深刻な問題となった。

Cornudet法の成立(1919年)により、人口1万人以上の都市を対象とした新たな都市計画が推進され、パリとその周辺部では、集合住宅の建設が進む。パリでは4万戸が新たに建設されたことにより、既存の住宅も新築に見劣りしないようにリノベーションなどが迫られ、全体的に住環境の水準が底上げすることにつながった。

1928年には、政府は5年間で26万戸を建設する計画を策定。計画そのものは未達に終ったものの、本格的な大衆向け住宅の始まりとなった。とはいえ、近隣諸国に比べると、ややゆっくりしたスタートだったようです。1920年から1939年までの20年間で、ドイツは400万戸、イギリスは350万戸建設したのに対し、フランスは150万戸に留まっています。

 

栄光の30年間(1945〜1970年)

フランスでは、栄光の30年(les trente glorieuses)と呼ばれる、戦後の高度経済成長期。政府は新築住宅には援助を出すななど、積極的に開発を進めます。日本もそうだったように、この高度経済成長期のなかで、若いサラリーマンの中では、住宅ローンでマイホームを購入するというのが社会的なステイタス・成功のシンボルとなります。ちなみに、今日のフランスの持家比率は60%前後で、日本と変わりません。

1960年代には、高級住宅をターゲットにしたアメリカ資本のデベロッパーも市場に参入。例えば、Place d'Italieの駅を降りるとItalie 2とその周りに高層住宅がありますね。あれも、当時としては、初の30階建て高層住宅として建設されたとか。他にも、ヴェルサイユ近郊に郊外型ショッピングセンター Perly 2とその周辺に住宅地を建設など、どんどん開発が進んだ時期だったようです。 

Place d'Italieに住んでいる友人がいますが、高層型マンションが少ないのですごい物珍しい気持ちで訪問したのを覚えていますが、実は結構昔に建設されていると知ってびっくり。