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産経新聞 曽野綾子さんのコラムを読んで:移民が「コッチから願い下げ」と言う日も遠くない

2月11日付産経新聞に掲載されている曽野綾子さんの『労働力不足と移民 「適度な距離」保ち受け入れを』というコラムが批判されているので、何だろうと思って読んだらびっくりした。

批判のポイントは大きくみっつ。まずは、① 介護職を専門職として理解していない・ナメている、そして② 人種差別である、という曽野さんへ批判と、かつ③国際的にアウトな主張を載せてしまう産経新聞って大丈夫ですか、というところらしい。

 

曽野さんは、まず労働移民は必要だし、そのためには条件を緩和しないといけないと主張。

つまり高齢者の面倒を見るのに、ある程度の日本語ができなければならないとか、衛生上の知識がなければならないとかいうことは全くないのだ。

だもんで、「日本語もわからない、衛生上の知識もなくて勤まるわけないでしょ!」という批判(①)が起こる。衛生上の知識がどの程度必要なのか、素人の私には正直わからないが、「対人」の仕事で、言葉なしにどうやってオペレーションできるのか疑問だし、実際には相当仕事は定義、細分化しなくてはいけなくなって、コストがかかる運用になるような気がする。

独居老人である私の祖母は介護ヘルパーさんのサポートがなければ、生活は成り立たない。同居できない両親に代わって、祖母の生活に必要なサポートを正しく理解し、必要に応じて異なるサービスや施設を検討する役割も果たしてくれるヘルパーさんが日本語をできなくて、どうやって周りと連携を取れるというのか。

 

また、曽野さんは、労働移民の受け入れを肯定しつつ、以下のように主張を展開する。

 しかし同時に、移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである。不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局のところは長続きしない。
 ここまで書いて来たことと矛盾するようだが、外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ。(中略)

 「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」

 

ここで言う「移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない」とは、具体的に何を指すのだろうか。

続く文章に「不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局のところは長続きしない。」とあることから、不法滞在を防止することがひとつのポイントのようだ。さらに、「居住を共にするということは至難の業」と言い、30年前の南アの具体例を挙げて、「居住だけは別にした方がいい」とまとめている。ここから、居住区に制限を設けることを示唆していて、人種差別(冒頭②)だと批判されている。

不法滞在の防止は、労働環境や社会保障の観点から、移民を守ることもできなくなるので、理解できる。しかし、「居住区に制限を設ける」ような条件を組み入れて、「条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである」と言い切るのだろうか。

 

どうしてこんな発想が出てくるのかなぁと思ったのだが、結局は移民を「一時的な労働力」としか捉えていないからではないだろうか。

一方で、日本の人口動態を見れば、向こう何十年にもわたって労働力が不足するのは目に見えている。なのに「3年働いたら帰ってもらう」みたいなローテーションを考えているなら甘いと思う

移民労働力として想定されているアジア近隣諸国はがんがん成長している。居心地がよくてエスニックが集中したエリアが自発的に形成されるのは、どこでも見られる現象。だけど、それを強制するような、差別的な条件を強いる日本に出稼ぎなんて、あっという間に割にあわなくなって労働力が集まらなくなるんじゃない? 

そうしたら、もっと条件よくするしかなくなるよね?「居住区なんてとんでもありませんでしたー」とか「労働賃金も引き上げますー」って。もしかしたら、「家族呼び寄せもOKですー」とかまで優遇政策やらないといけなくなるかもしれない。それで、その時になったらまた迷走。

需給によって条件を厳格化したり、緩和したりというの問題ないと思う。それがゲームのルールだと思う。でも、長期的に移民の労働力が必要ならば、最低限の平等は確保しないと、ゲームに負けちゃうんじゃないかね他にも介護ヘルパーさん欲しい国っていっぱいあるんじゃない。

 

 

関連して

Chikirinさんの移民関連の話も面白い。移民もハイスキル移民とロースキル移民とふたつの違うコンテクストがある。5年以上前に書かれているけれど、色あせていない。5年経ってもあいかわらず迷走してますねっていうことなんでしょう。